清泉寮は、1938(昭和13)年、キリスト教の一派聖公会の青年運動団体である聖徒アンデレ同胞会(BSA=Brotherhood of St. Andrew)創始者ジェームズ・L・ホーテリング氏を記念し、日本聖徒アンデレ同胞会指導者訓練キャンプ場として奉献されました。 以来、清泉寮は大自然の中での青年指導者の養成のための修養会、自然学級の使命を果たしてきましたが、1941(昭和16)年太平洋戦争による国際情勢の悪化から、キャンプは中止、清泉寮は封鎖のやむなきにいたりました。 1945(昭和20)年第二次世界大戦の終結と同時にポール・ラッシュ博士がGHQ将校として再来日。博士の献身的な努力により、荒廃していた清泉寮が再建され、以来、清里農村センターの拠点施設として多くの来訪者を迎えてきましたが、1955(昭和30)年11月、清泉寮が焼失。貴重な資料も共に失いました

