

写真: 江戸村のとくぞう / Wikimedia Commons(CC BY-SA 4.0)
富士山の北のふもと、山梨県富士吉田市。杉の巨木が立ち並ぶうっそうとした森の中に、朱色の社殿がひっそりと、しかし堂々と建っています。北口本宮冨士浅間神社(きたぐちほんぐうふじせんげんじんじゃ)です。
この神社は、昔から富士山を北側から拝み、登るための出発点として大切にされてきました。「北口本宮」とは、富士山の北口(吉田口)登山道の「もと」にあるお宮という意味です。江戸時代には、富士山に登る「富士講」の人々でにぎわい、2013年には世界文化遺産「富士山-信仰の対象と芸術の源泉」の構成資産のひとつとして登録されました。
この記事では、北口本宮冨士浅間神社の歴史、杉並木の参道と大鳥居、重要文化財の社殿群、樹齢千年の御神木、吉田口登山道の起点、富士講と御師(おし)の町、そして日本三奇祭のひとつ「吉田の火祭り」まで、わかりやすく紹介します。富士山や河口湖を訪れる旅に、ぜひ組みこんでみてください。
北口本宮冨士浅間神社の基本情報
まずは基本の情報を表にまとめました。祭事などで参拝の時間が限られることもあるので、お出かけ前に公式サイトで確認してください。
| 名称 | 北口本宮冨士浅間神社(きたぐちほんぐうふじせんげんじんじゃ) |
|---|---|
| 所在地 | 山梨県富士吉田市上吉田5558 |
| ご祭神 | 木花開耶姫命(このはなさくやひめのみこと)、彦火瓊瓊杵尊、大山祇神 |
| 文化財 | 本殿・東宮本殿・西宮本殿、拝殿など社殿群が国の重要文化財 |
| 世界遺産 | 「富士山-信仰の対象と芸術の源泉」の構成資産の一部 |
| ご祈祷 | 1件5,000円から(祭典中・挙式中をのぞき当日随時受付) |
| 電話 | 0555-22-0221(受付9:00〜17:00) |
| アクセス | 富士山駅から徒歩約25分/中央道河口湖ICから約3km |
| 駐車場 | あり(約8か所) |
歴史:日本武尊と富士山信仰
「富士は北から拝むべし」
神社の伝えによると、その始まりは景行天皇40年(110年)にさかのぼります。日本武尊(やまとたけるのみこと)が東の国々を平定する旅の途中、この地の「大塚丘(おおつかやま)」に立ち寄り、北に美しく広がる富士山を仰いで「富士はこの地より拝すべし」とおっしゃいました。これにしたがって大塚丘に鳥居が建てられ、のちに祠をつくって浅間大神と日本武尊をまつったのが神社の始まりとされています。
その後、天応元年(781年)に富士山が噴火したことから、甲斐国の国司・紀豊庭(きのとよにわ)が占いを行い、延暦7年(788年)に大塚丘の北に社殿を建てました。これがいまの社殿のある場所です。古代、富士山のような高く美しい山は神さまのいる山とされ、人が入ることは禁じられていました。この場所は、遠くから富士山を拝み、祭りを行う場所だったのです。
武将たちが守った社殿
時代がくだると、北条義時、武田信玄、浅野氏重、鳥居成次など、さまざまな武将たちが社殿の造営を重ねました。いまも境内には、武田信玄が永禄4年(1561年)に建てた社殿が「東宮本殿」として、浅野氏重が文禄3年(1594年)に建てた社殿が「西宮本殿」として残り、現在の本殿は元和元年(1615年)に鳥居成次が建てたものです。いずれも国の重要文化財です。
富士講の大造営
江戸時代になると、富士山に登ることそのものを祈りとする「富士講」が江戸を中心に大流行しました。「江戸八百八町に八百八講」といわれるほどで、多くの人々が甲州街道と富士みちを通り、吉田口から富士山に登りました。
なかでも大きな講を率いた村上光清(むらかみこうせい)は、享保18年(1733年)から元文3年(1738年)までの6年間で、境内の社殿を大規模に造営しました。いまの拝殿や幣殿、神楽殿、手水舎、隨神門など、境内の姿のほとんどはこのときに整えられたものです。富士山の噴火の被害も受けず、江戸時代の荘厳な姿をいまに伝えています。
杉並木の参道と富士山大鳥居

写真: 江戸村のとくぞう / Wikimedia Commons(CC BY-SA 4.0)
国道沿いの入口から本殿へ向かう参道は、両側に杉の巨木と石灯籠が並ぶ、まっすぐな道です。木もれ日がさしこむ参道を歩くと、町の音がだんだん遠ざかり、空気がひんやりと変わっていくのを感じられます。参道の途中には、富士講の開祖とされる長谷川角行(はせがわかくぎょう)が修行をしたと伝わる「立行石(りつぎょうせき)」もあります。

写真: 江戸村のとくぞう / Wikimedia Commons(CC BY-SA 4.0)
参道の先に立つのが、朱色の「富士山大鳥居」です。鳥居には「三國第一山」の額がかかっていることでも知られ、富士山が日本一の山であることを示しています。大鳥居をくぐると、いよいよ社殿が並ぶ境内に入ります。
重要文化財の社殿群

写真: 江戸村のとくぞう / Wikimedia Commons(CC BY-SA 4.0)
隨神門・神楽殿・手水舎
大鳥居の先には、村上光清が造営した隨神門があり、その奥に神楽殿、手水舎が並びます。これらの建物は、2017年にまとめて国の重要文化財に指定されました。江戸時代の郡内地方(山梨県東部)の大工たちがたずさわった、地域最大規模の造営だったといわれています。

写真: 江戸村のとくぞう / Wikimedia Commons(CC BY-SA 4.0)
神楽殿では、山梨県の無形民俗文化財に指定されている「太々神楽(だいだいかぐら)」が奉納されます。

写真: 江戸村のとくぞう / Wikimedia Commons(CC BY-SA 4.0)
手水舎も、柱や屋根に細かな彫刻がほどこされた美しい建物です。参拝の前に、ここで手と口を清めましょう。
拝殿と本殿
拝殿は元文4年(1739年)に村上光清が建てたもので、朱塗りの柱や極彩色の彫刻がとてもはなやかです。拝殿・幣殿・本殿がつながる権現造(ごんげんづくり)の形式になっています。

写真: Yatukiyurei / Wikimedia Commons(CC BY-SA 4.0)
拝殿の奥に建つ本殿は、元和元年(1615年)に谷村城主・鳥居成次が寄進したもので、安土桃山時代の様式を伝える檜皮ぶきの建物です。主祭神の木花開耶姫命は、富士山の女神で、安産や火よけの神さまとして信仰されています。夫神の彦火瓊瓊杵尊、父神の大山祇神とともにまつられているため、夫婦円満や家族の幸せを願う人も多く訪れます。
東宮本殿と西宮本殿

写真: 江戸村のとくぞう / Wikimedia Commons(CC BY-SA 4.0)
本殿の東側には、武田信玄が永禄4年(1561年)に造営した東宮本殿があります。境内に残る社殿の中でもっとも古いもので、明治時代には国宝に指定されました(いまは国の重要文化財)。

写真: Kouchiumi / Wikimedia Commons(CC BY-SA 3.0)
本殿の西側には、浅野氏重が文禄3年(1594年)に建てた西宮本殿があります。戦国武将たちの信仰の深さを、建物を通して感じることができます。
御神木と境内のお社

写真: 江戸村のとくぞう / Wikimedia Commons(CC BY-SA 4.0)
富士太郎杉と富士夫婦檜
拝殿の前の両側には、大きな御神木がそびえています。向かって左側の「富士太郎杉」は推定樹齢約千年で、山梨県の天然記念物です。向かって右側の「富士夫婦檜(ふじめおとひのき)」は、2本の檜が根もとで1本になり、途中で2つに分かれて、さらに上でふたたびつながっている珍しい木です。拝殿の東の裏には「富士次郎杉」もあります。巨木に囲まれた境内は、昔からここが神聖な場所だったことを物語っています。
諏訪神社と大塚丘

写真: 江戸村のとくぞう / Wikimedia Commons(CC BY-SA 4.0)
境内には、摂社の諏訪神社があります。創建の年代はわからないほど古く、この土地の地主神とされています。じつは、有名な「吉田の火祭り」は、この諏訪神社のお祭りでもあります。
また、神社から少しはなれたところには、日本武尊が富士山を拝んだと伝わる神社発祥の地「大塚丘」があります。時間があれば、あわせて訪れてみてください。
「冨」の字のひみつ
北口本宮冨士浅間神社の「冨士」は、「富」の字のうかんむりの点がない「冨」と書きます。神社によると、これにはいくつかの説があり、「山の上に人は立てない」「神さまは目に見えない」「山頂は神の領域である」など、いずれも神聖な山に人が気安く踏み入ることをいましめる意味がこめられているといいます。
吉田口登山道の起点

写真: 江戸村のとくぞう / Wikimedia Commons(CC BY-SA 4.0)
本殿の裏手には、吉田口登山道の起点となる鳥居があります。江戸時代の富士講の人々は、ここでお参りをすませてから、富士山の頂上をめざして歩き始めました。
いまは車やバスで五合目まで行くのが一般的ですが、この鳥居から馬返し、五合目へと続く昔の登山道を歩く人もいます。昔の道をたどると、途中に石碑や山小屋の跡などが残り、信仰の山・富士山の歴史を肌で感じることができます。歩く場合は、天気や体調に十分気をつけ、しっかりとした準備をして出かけてください。
毎年7月1日には、富士山の山開きにあわせて開山祭が行われます。夏の登山シーズンのはじまりを告げる大切な行事です。
富士講と御師の町・上吉田
富士講の人々が富士山に登るときに、泊まる場所や食事を用意し、お祈りや登山の案内まで世話をしたのが「御師(おし)」です。神社の北に広がる上吉田の町には、多いときには80軒をこえる御師の家が並び、「御師町」とよばれていました。

写真: Sakaori / Wikimedia Commons(CC BY-SA 3.0)
御師町の入口には、町の境を示す「金鳥居(かなどりい)」が立っています。いまの富士山駅の近くにあり、鳥居の向こうに富士山が見える景色は、富士吉田を代表する風景です。
いまも御師の家はいくつか残り、富士講の人々を迎えて昔ながらのしきたりを守っている家もあります。神社と御師町をあわせて歩くと、江戸時代の人々がどんな思いで富士山をめざしたのかが見えてくるでしょう。
吉田の火祭り(鎮火祭)

写真: Sakaori / Wikimedia Commons(CC BY-SA 3.0)
町じゅうが炎に包まれる夜
毎年8月26日・27日に行われる「吉田の火祭り」は、北口本宮冨士浅間神社と諏訪神社のお祭りで、日本三奇祭のひとつに数えられます。夏の富士山の登山シーズンを締めくくる「山じまい」の祭りでもあり、2012年には国の重要無形民俗文化財に指定されました。
26日の夕方、神輿が町へ出ると、金鳥居から神社までの約1kmの通りに、高さ3mをこえる大松明が70本以上立てられ、次々に火がつけられます。各家の前でも松明が燃やされ、町じゅうが炎に包まれるようすはまさに圧巻です。祭りは木花開耶姫命が燃えさかる炎の中で無事に子どもを産んだという神話にちなむといわれ、富士山の噴火をしずめる祈りもこめられています。

写真: Sakaori / Wikimedia Commons(CC BY-SA 3.0)
富士山の形の神輿「お山さん」
火祭りでは、2基の神輿が町をめぐります。そのひとつが、富士山の形をした朱色の神輿「御影(みかげ)」で、「お山さん」とよばれて親しまれています。重さは約1トンもあり、荒ぶる富士山をあらわすといわれ、若い担ぎ手たちが勇ましく担いで練り歩きます。
27日の夕方には、神輿が神社に戻り、境内の「高天原(たかまのはら)」とよばれる場所を担ぎ手や参加者がぐるぐるとまわって、祭りは最高潮をむかえます。このとき、すすきの玉串を持って安産や無病息災を願う風習があることから、27日は「すすき祭り」ともよばれます。
御朱印とご祈祷
授与所では、北口本宮冨士浅間神社の御朱印に加えて、境内の「諏訪神社」、神社発祥の地「大塚丘」の御朱印もいただけます。神社では、御朱印は記念スタンプではなく「神さまとのご縁の証」であると案内しています。
ご祈祷は、祭典中や挙式中をのぞいて当日随時受け付けています。家内安全や安産、良縁などのほか、富士山をはじめとする登山の安全祈願もあり、こちらは靴をはいたまま拝殿で受けることができます。
アクセス:富士山駅・河口湖からの行き方
電車で行く
- ① 新宿方面からJR中央線で大月駅へ行き、富士急行線に乗りかえて富士山駅へ向かいます。新宿などから富士山駅へ直通する高速バスもあります。
- ② 富士山駅から神社までは、歩いて約25分です。
- ③ 途中の金鳥居や御師町の町並みを見ながら歩くのもおすすめです。路線バスやタクシーも利用できます。
車で行く
中央自動車道の河口湖ICから国道139号経由で約3kmです。東富士五湖道路の富士吉田ICからも約3kmです。神社の駐車場はいくつかありますが、祭りの日などは混雑するので注意しましょう。
モデルコース:富士吉田で半日
- ① 9:00 富士山駅に到着。金鳥居と富士山の景色を眺める
- ② 9:15 御師町の通りを南へ歩き、神社へ(約25分)
- ③ 9:45 杉並木の参道を歩き、富士山大鳥居をくぐる
- ④ 10:00 拝殿にお参り。御神木や東宮本殿・西宮本殿を見学
- ⑤ 10:40 本殿の裏の吉田口登山道の起点の鳥居へ
- ⑥ 11:00 授与所で御朱印をいただく
- ⑦ 11:30 富士吉田名物の「吉田のうどん」でお昼ごはん。午後は河口湖や新倉山浅間公園へ
参拝のポイントと注意点
- 境内は森に囲まれていて、夏でもひんやりすることがあります。上着を一枚持っていくと安心です。
- 標高が高い地域なので、冬は雪が積もったり道が凍ったりします。すべりにくい靴で出かけましょう。
- 8月26日・27日の火祭りの日は、たいへん混み合い、交通規制もあります。
- 御神木にはふれず、静かに見上げてお参りしましょう。
- 吉田口登山道を歩いて富士山に登る場合は、十分な装備と計画が必要です。
よくある質問(Q&A)
「北口本宮」とはどういう意味ですか?
富士山の北口(吉田口)登山道の「もと」のお宮という意味です。登山道の起点であり、古くから富士山を拝む場所であったことを表しています。
なぜ「冨士」の字のうかんむりに点がないのですか?
諸説ありますが、「山の上に人は立てない」「神さまは目に見えない」など、神聖な山に人が気安く入ることをいましめる意味がこめられているといわれます。
吉田の火祭りはいつですか?
毎年8月26日・27日です。26日の夜に町じゅうで大松明が燃やされ、27日は「すすき祭り」とよばれます。雨でも中止にならず、必ずこの2日間に行われるといわれています。
富士山駅から歩いて行けますか?
行けます。富士山駅から歩いて約25分です。途中で金鳥居や御師町の町並みも見られます。
御朱印はいただけますか?
いただけます。北口本宮冨士浅間神社のほか、諏訪神社と大塚丘の御朱印もあります。
世界遺産に登録されているのですか?
はい。世界文化遺産「富士山-信仰の対象と芸術の源泉」の構成資産「富士山域」の一部として登録されています。
まとめ:富士山を北から拝む、信仰の森へ
北口本宮冨士浅間神社は、日本武尊の時代から富士山を拝み、江戸時代には富士講の人々が頂上をめざして歩き始めた、富士山信仰の原点ともいえる場所です。杉並木の参道、武将や富士講が守ってきた重要文化財の社殿、樹齢千年の御神木、そして夏の終わりの火祭り。どこを歩いても、富士山への深い祈りが感じられます。
富士山や河口湖を訪れるときは、ぜひこの神社にも立ち寄って、昔の人々と同じように富士山の神さまにごあいさつしてみてください。
参考情報
※この記事の情報は執筆時点のものです。祭事の日程、ご祈祷の受付、交通や駐車場の情報などは変わることがありますので、最新情報は公式サイトでご確認ください。


